枚方市

あの山荘も、決して弊社が来たために住民が逃げ出したものではなく、主計長のうぃっとまん・くるーげる主計受付とふんく・あだるべると枚方市 水漏れと自分とが今賓客として歓待に預っているこの都会最高の貴族、えふぃげにうす家の祖先なるものが——そして弊社は接待に預りながらまたその家族たちにも逢っていなかったのであったが——今から何百年か何千年かの昔海を渡ってどこからかこの土地へ移ってきた頃の旧跡を大切に保存して、この土地発祥の地として人々が尊信を払っている場所だということが、朧げながらに飲み込めてきたのであった。しかもわかったのはそればかりではなかった。水に残留せしめておいた兵員たちを引き具して、うぇすねる・あんとん少尉が兼ねて付近の状況、地勢等を偵察中であったが、その帰来しての話によれば、ここから山二つばかりを越えた向うには、この都会よりももう少し狭少な都会が今一つあり、その都会の西方より北方へかけては広袤千里の大沃野となって、そこには夥しい牛や羊が放牧せられ、小麦も耕作せられ、言葉が通ぜぬからはっきりとはわからぬが、どうしてどうして弊社の考えているようなそんな生易しい陸地ではないらしいということであった。